最愛のペットとの別れ※体験談

ずっと一緒に過ごしてきていたペットが亡くなる時、その瞬間は避けては通れません。
かくいう私も、現在犬1匹と猫1匹と暮らしています。
犬はまだ子犬ですが、猫はもう10歳になります。
平均寿命を考えると「そろそろかな…」と考え始めている頃です。
すべての子が平均寿命まで生きれるわけではありません。
事故にあってしまったり…
突然病気になってしまったり…
若くして亡くなるペットもたくさんいます。
今日は私の体験を交え、お話いたします。
今の犬を飼う前に、実は1匹飼っていました。
ミニチュアダックスの男の子でした。
愛想のいい、人が大好きで、すぐにしっぽを振り、あいさつに行く
看板犬の鏡でした。
大きな病気もなく健康に過ごし、少しおなかは弱い子だったのでフードには気を遣っていました。
散歩が嫌いな子だったので、一緒に会社に行っては足元で寝て…という過ごし方をしていました。
イベントや外出があるときはお留守番をしています。
忘れもしません。2017年4月1日。
この日はイベント出店の予定があったため、お留守番をしてもらうつもりでした。
しかし、悪天候によりイベント中止となり、私は自宅で仕事をすることになったのです。
珍しく一日家にいれる日でした。
私がいることがうれしいのか、ちょこちょこ足元にひっついては「遊んでー!」とおなかを見せていました。
しばらくすると、バタバタ遊んでいた音が止みました。
ちらっと目を向けると、自分の部屋に入って寝ているようでした。
寝息が聞こえていたので、「静かにしてあげよう」と思ったのを覚えています。
そして、夕方になり
ふと気づくと、寝息がなんだか変だなと気づきました。
「マロン?」
名前を呼び、部屋をのぞくと、丸まって呼吸の荒い我が子がいました。
慌てて、部屋から出して膝の上に寝かせました。
すると、「すぅー…」と大きく息を吐いて、呼吸が止まりました。
呼吸が止まる前に、涙なのか生体反応なのかわかりませんが、濡れた大きな目を開いてこっちを見てくれました。
死因は先天性の心臓病ではないかと言われています。
亡くなってもなお、解剖することは私にはできませんでした。
今はただ、向こうで楽しく遊んでくれればいいと。
享年2歳半でした。
あまりに早すぎる別れでした。
自分がペットの葬儀を行う立場にいて、人よりも死を身近に感じているにも拘わらず、私は受け入れられませんでした。
葬儀を行い、周りの人と思い出話をし、たくさんたくさん一緒に涙を流してもらい、今は少しですが受け入れられています。
たかがペット
いえ
ペットは何よりも大切な存在なんです。
私があの日家にいれたのは、きっとマロンが呼んでくれたのだと思っています。
最後に会えて、膝の上で逝ってくれたのは何よりの親孝行でしょう。
そして、苦しいでしょうに、目を開けてしっかり私を見てくれました。
私には何と言っていたのかわかりません。
でも、きっと「楽しかった」と言ってくれていたのかなと思っています。
悲しみ、怒り、後悔、いろいろな感情を様々な人と共有することがペットロス解決の道だと思っております。
マロンの葬儀をあげていただいたことは、私の中ではとても大きなことです。
葬儀や周りの助けがなければ私は、きっとずっとマロンを抱いていたことでしょう。
そして今の子とも出会うことはなかったでしょう。
今の子と出会ったのは、マロンの3歳になるはずだった誕生日でした。
マロンが最後にくれた贈り物だと思っています。
ペットは言葉を話せません。
しかし、表情があります。
しぐさがあります。
懸命に伝えようとしてくれています。
そして、ペットはただかわいいだけではありません。
手もかかります。
時間も取られます。
時には怒ってしまうでしょう。
嫌いになりそうな時もあるでしょう。
それでも、ペットには私たちしかいないのです。
愛情をたくさんたくさん注ぐと、その分返してくれます。
その瞬間が何よりも嬉しいのです。
最後に私を呼んでくれたこと、膝の上で逝ってくれたこと、そして今の子に出会わせてくれたこと
すべて、マロンのくれた奇跡だと思っています。
今ペットと暮らしている方は、今ある時間を一分一秒でも大切にしてください。
この時間はいつまであるのか、それは神様にしかわからないのですから。